日曜日

久しぶりにうのちんと会う。会うなり10分ほど、結婚式のスピーチの反省を始める。おお、ちょっとふけたが、これはまぎれもなくうのちんだ。

あとうのちんの学生は、アンケートにあまり厳しいことを書かないように。

通天閣が見たいというので久しぶりにジャンジャン横町のあたりをmayakovとSOPと結婚式帰りなので、ベストに白いネクタイをしたうのちん、という奇妙な取り合わせで歩くが、噂に聞いていたとおり、こぎれいな格好をした若者が大量発生していて、人混みに紛れてしまってそれほど目立たなかった(ような気がする)。その昔、京都に通っていた頃は、毎週のようにというか毎週、阪堺線から恵美須町乗り換え(もしくは天下茶屋乗り換えで少し歩いて阪堺線)という煤けたルートを通っていた。フランスから帰ってきたとき、一瞬、天下茶屋に住もうと思ったこともあったのだが、さすがにそれは我が儘が過ぎると思ってやめた。
それにしても二年ほどまえにやってきたナカムラ君の接待をしたさい、やはり通天閣に登ったのがそのときから比べても圧倒的に人通りというか、若い子の数が増えていてなんとなく華やいだ感じがした。ただ、あちこちの店に半端でない長さの行列ができていたので、そのあたりで食べることは断念して東梅田で夕食をとることに。曾根崎のお初天神商店街を通って阪急の東通り商店街に向かう。そこでわりと有名なお好み焼き屋に入って、これまた久しぶりにお好み焼きを食う。
帰りの新幹線まで少し時間があったので、いっそここまでやればと思って阪急ファイブに行って、ビルの屋上に作られた観覧車に乗る。ミナミのフェスティバル・ゲート、キタの阪急ファイブと言われるこの建物は、一方は行政、他方は鉄道会社によって建設されているのだが、いずれも消費社会の享楽的な価値観をするどく批判する工夫が建物に凝らされており、バブル期を代表する批評的な建築として世界的に名高い。その捨て身の批評性は、後世の厳しい目にも耐えうるものだと思う。

ちなみにこれに西のフンデルトヴァッサー、東の完全平和教団のモニュメントを加えることで、大阪の風水は完全な調和のもとに保たれることになる。鬼門を守っているのが何かは言うまでもないだろう。

残り時間が少ないので、記念写真はどうですかと営業にいそしむバイトの兄ちゃんを冷たくあしらって急いで観覧車に乗り込む。SOPと宇野ちんが並んで座っていたのだが、途中からふたりが固まってしまった。最近SOPは暗いところが苦手になったようで、途中で、妙に暗いことが不安になってきたようだ。うのちんはどうやら日本の将来に思いをはせ始めたらしい。こわばった顔をして口数が少なくなった。思いなしか不安げな様子すらしている。やはり日本の将来は楽観できないのだろうか。しかし頂上を過ぎ、終わりに近づくにつれてじょじょに口数がなめらかになってきたところをみると、日本の将来も長期的にはそれほど心配することもないようだ。SOPも心なしかリラックスしてきたようだ。うのちんの不安が伝染していたのかもしれない。

阪急を突っ切っる。最後は残り時間を表示する電光掲示板のついた横断歩道を渡って、JRまで送り届ける。ハービスエントから始まった一日だったが、ある意味完璧だった。

しかしそれにしても、うのちんは律儀なものだから、こういう姑息なことでご機嫌をとるのは卑怯なのだけれどといいわけをしながら、SOPに500系のぞみのおもちゃをくれた。ありがとう。

ちなみにぼくらには、東京名物のばななのお菓子を暮れた。いわく、こういう定番のお菓子ってあんがい誰も買わないんだよね。

考えてみるとしかし例のバナナのお菓子というのは、これまで二度もらったことがあって、これが三度目なのだけれど、みなT大のひとなのだ。なにか関連があるのだろうか。ひょっとして生協に売ってるのだろうか。多少その点には謎が残った。今度東京に行ったら確かめてみよう。