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id:temjinus:20061012
(モアの)ユートピアというのは労働を社会の基盤においたひとつの世界であって、そのかぎりで、現代のわれわれの住む、それなりに効率的な世界といえます。かつては「どこにもない」世界ではあったのですが、いまとなっては「ここにある」世界といえるでしょう。現代におけるユートピアはそのまま書くと必然的にディストピアになるのはまあそういう構造がなせる技です。
逆に、イシグロの世界(おそらくわたしたちの学校もまた!)は、労働を基礎にした効率的なわたしたちの外側にあって、そのためにむしろ利害関心からの自由という「美」を理想とする「芸術家」たちの価値観が支配する世界となっています。
しかしそれは徹頭徹尾、われわれの世界のエゴイズムに奉仕することを条件にゆるされた箱庭ともいえるものであって、そのかぎりで、たしかに天神茄子さんのおっしゃるように、非合理的な宇宙であると言えるかと思います。

ただしそのためにその芸術制作は労働でもあるという奇妙なものになっているのですが。

I've thougt about this a lot, Kath. It all fit. that's why the Gallery was so importatnt, and why the guardians wanted us to work so hard on our art and our poetry.

so hard on our art and our poetry!

つまりその不合理さは、どこかで復讐のようなものを呼び起こすのではないかという恐怖を大人たちの側に引き起こします。
たしかに日本の教師たちも子供たちが怖いようです。だからこそ

they(=arts) reveald what you were like inside. She said they revealed your soul.

というartが奨励されるということになってしまう。小説でも、この国でも。けれどそのArtはやはり教師たち、大人たちが見たいものであって、ナイーヴにこういうことを許してもらえば、「ほんとうの」artはまた別のものでしょう。

少しぐらいははっきり書いてもいいですかね。日本ではそれは「心の教育」と呼ばれています。

私を離さないで

ともあれ、作家がこの小説で作り上げたcreateした世界は、この小説内で、おそらくはその分身であるTomyの書いた小さな動物imaginary animalsのようなものでしょう。小さく書くことによってすべてが変わってくる。学校を出てはじめて可能になった"Art"

The thing is, I'm doing them really small. Tiny. ...... If you make them tiny, and you have to because the pages are only about this big, then every thing change. It's like they come to life by hemselves. Then you have to draw in all these different details for them. You have to think about how they'd protect tehmselves, how they'd reach things.

近くで見ると、強迫的なまでに細かく書き込まれた時計の部品のようなそれは、遠くからみると堅い甲羅をもってみずからを守るアルマジロや、空を飛ぶ鳥のようにも見える。

The first impression was like one you'd get if you took the back off a radio set: tiny canals, weaving tendous, miniature screews and wheels were all drawn with obsessive precision, and only when you held the page away could you see it was some kind of armadillo, say, or a bird.

armadilloでもありbirdのようにも見える。伝統的なレトリックですね。同じレトリックは繰り返されています。

For all their busy, metallic features, there was something sweet, even vulnerable about each of them.

こはちょっとやり過ぎかな。しかしそういうどうやって身を守っているのか、心配でたまらないものに見えるのは、やはりどこかで小説の主人公たちに重ね合わせてほしいのだろうし、トミーに小説の内部と外部をつなぐ役割を期待しているのでしょうね。

補遺

最後に付け加えておくと、たしかにクローンを使うことはあまり経済的にペイしません。なので経済的にペイさせようと思えば、市場に任せてしまうという手があります。あえてそういう選択はしなかったことはもう少し考えてもいいと思います。

それもこれも含めて、福祉国家のミニチュアだという気がするのですが。