なんか授業とか、授業の準備とか、会議とか、交渉とか、シャドウワークを旨とする組織のためのシャドウワーク(シャドウシャドウワーク)とかしてきたが、わりとちょっと落ち着いてきた。シャドウシャドウワークというのは、何をしているのかというとあっちをうろうろしたり、こっちをうろうろしたり、話をしたり、手を握ったり、肩をたたき合ったり、斜め上四十五度を指さして頷きあったり、胡散臭げな顔で見られたりとか、そんな感じなんだが、いっしょにうろうろしていたおっさんに、もちょっと落ち着けと文句を言ったら、ちょっと減ってうれしい。

それにちかごろはもうすっかりディシジョンするような機会がないので、あんまし仕事している気はしない。まあ一応研究者なのにあれこれディシジョンしてるほうが変と言えば変なのだが、状況が変だったのでしょうがなかった。まあだいたい思った通りに進んでいるから、ほっとくしかないという感じもある。
それに公務員組織だからか、基本的にはメンテナンスというか後方支援というか、そういうのが主たる仕事のはずで(いや民間でできることは民間ですから)、あんまりドラマチックなことが次々起こってもらっても困るはずだと日記には書いておこう。現場で事件は起きませんでした。お見事。という仕事っぷりがベストですよね。
まあ予算があってそれを消化する組織だし。下っ端に位置しているかぎりでそんなにディシジョンの機会はない。(ところでこの組織、黒字出すべきなんだろうか。出さないべきなんだろうか。なんで独立行政法人とかいうシステムにしたんだろう。インセンティヴ逆な気がするんだよな。経済学部出てるけど、この辺何も知らんから確たることは何も言えないが。)

こんなことをしているとすっかり耳年増みたいになる。面白くないわけではないが、あんまし熱狂的にも面白がれない。あんまし向いてないよな、という気もする。

おれって仕事できるんじゃないの、と自惚れるような一瞬もあるのだが、冷静になっているとたんに事情通なだけで、しかも断片的だし、人より多少はピースが多いだけのことだから、たぶんそれって仕事のできるできないとはあんまし関係ない。

まあ頭の片隅でそんなことを考えながら、ちょっと時宜を逸したかなという不安とともにパコパコフランス語を日本語に直す。年末には必ずというのが目標。早く終わって古い時代に戻ろう。いろいろと新刊が出ているのだけれど我慢。我慢。