事務の人に先生はこの大学にずっとおるつもりですか、といわれてちょっととまどう。まあ冗談でぜひR大にとかは同僚としゃべっているが、本気かどうか、といわれると、本気だったらもっと論文書いているだろう。やはりその辺のことは、口で言うほど真剣には考えていないというのが正解だろう。思い出してみれば、廃校になった前の学校に来たときは、ずっと定年までそこにいるようなイメージを持っていた。

むかしちょうど就職活動をしている年長の友人(友人と言うには、やや関係は薄かったけれど)と歩きながら話をしていて、たぶん将来の夢のようなことになったときに、ぼくはさえない地方大学の教師になって、学生に馬鹿にされながらのんびり生きてゆければ最高だ、というようなことを言ったら、その友人は、そんな冴えない人生などまっぴらで、ぼくはもっと働きがいのあるところで、バリバリと自分の力を発揮したいのだということを、断固とした調子で言った。ちょっと責めるような調子もあったような気がする。そういうアッパレな上昇志向というのを見たことがなかったから、そういう考え方もあるのか、と虚を突かれた感じになったのを覚えている。彼はメディア関係に就職するやいなや、六本木かどこかにマンションを借りて、じっさいバリバリ働いて、ステップを上がっていった。ぼくもまあ冴えない教師にはなれたが、残念ながらまったくのんびりはしていないので、その辺は多少裏切られたような感じもする。

 当時、バブルのさなかの経済学部というのは、通っていた大学の当該学部が、冴えないスタッフだったせいもあって、大学院に行くのはアホとはまではいわないが、必ずしも賢明な人間であるとはみなされていなかった。野心のある者はむしろ銀行や証券会社の調査部や、研究所のほう、あるいは別の大学の大学院を目指すような気分もあった。そうでなくとも文学部と、経済(おそらく法も)学部の違うところは、優秀=大学院から研究者コースというふうにはなっていないところだ。たぶんいまでもそうだと思う。あくまでそれはワン・ノブ・ゼムのひとつにすぎないものだった。こうした前提の違いが、文学部出身の同僚たちとのあいだの会話のさなかに、若干の齟齬というか違和としてあらわれることがいまでもある。

一年経つと、今度はぼく自身が真剣に自分の進路を考えなければならなくなった。同じ学年の友人は、ぼくにどうするか聞いて、あんまりなにも考えていないけど、とりあえず大学院でも受けてみるかな、と答えると、呆れたように、なんでそんなに自分を安売りするねん。こんな大学の大学院に行くのは人生の無駄や。頑張って、外資や金融の調査部を目指すべきや。勉強したかったら、そこで留学だってさしてくれんねんしと、真剣に忠告してくれた。計算高いくせに、一文にもならないことを手伝ってくれていいやつだった。まわりにはちょうど刷ったばかりのビラが、部屋の中に張られたひもに、洗濯ばさみで吊されていて、インキのにおいが漂っていた。リソグラフすらなかったのだ。
じっさい彼はのちに外資に買収されることになる国策銀行の調査部に入り、ぼくは何も準備せずに受けた院試を落ちて、いまでいうフリーターになった。ちょっと開放感があって楽しかったのだけれど、それも最初のうちだけで、根が小心なものだから、不安に駆られながら、あわてて勉強する羽目になった。

返事を躊躇していたせいか、先生は自然体ですか、と聞き直されて、そうですねえ、と答えたが、自然体というのもなにやらうまい比喩ではないような気もする。

定年までいると思っていた学校が潰されてしまったせいで、根っこが切れてしまったような感じがするから、たぶん誰かから誘われたらホイホイと移るような気もするが、幸か不幸か今時の労働市場で通用するような業績がないので、どちらかというとどうやって上昇するかではなく、どうやれば首にならないだろうか、という関心のほうがリアルだ。とはいえ首にしてくれるなら、そのほうが踏ん切りがつくのかな、という変な気分もある。

誰かに頼まれれば手を貸すということだけを行動原理にして生きてきたから、自分でどうしたいこうしたいというのがなくなってしまったのかもしれない。求められればここに残るのだろうし、求められなければ風が吹いたら別のところにふらふら流れてしまうだろうし、風が吹かなければそのままとどまっているような気もする。できれば暇な方がいいことだけは確かだが、どうもそれだけははっきり望み薄なのが悲しい。
就職してから会ったあれやこれやの友人のようにもっとばりばりやっとけばよかったんだろうが、しかしどこを目指して何をどうバリバリしていいのかわからないから、たぶん無理だったんだろう。
しかし結局先のことはよくわからないが、大学以外の可能性があったら、そのほうがしかしちょっと考えてみてもいいかもしれない。そんなマッチョなこと抽象的に言われても、と思いつつも、デリダのuniversite sans conditionsにそんなに嫌な感じがしないのは、きっとそういう気分がどこかにあるからだろう。

ああ、わかった。自分の大学という感じがしないんだ。