essai

書評 ロベール・カステル『社会喪失の時代』

昨年に出版されたロベール・カステルの『社会喪失の時代』(北垣徹訳、明石書店)の書評です。あまり直接的な書評になってはいないのですが、途中で出てくる『トリスタンとイズー』は、この書物のなかの第10章、「社会喪失の物語 −− トリスタンとイズーにつ…

花登筺の60年代

もう一〇年以上昔、ある研究会で、花登筺の甥に当たる人の発表を聞いて書かれた短い文章。仲間内で回覧された。*** 花登筺がテレビの創成期において重要な役割を果たしたことは誰も否定できない。けれど彼はむしろ舞台の人だった。花登筺はテレビにあって…

補遺2

二人の脳裏にはいまだかつての廃墟だった頃のイメージが強く残っていたので、突然目の前に現われた高層ビルが、まるで廃墟の地底から現出したような錯覚に陥ったのだ。 「凄いな。いつの間にこんなものができたんや」 二人はしばらく林立する高層ビルを呆然…

補遺

わが大阪の明日は、工業地域、準工業地域、住居地域、商業地域と、区分けはいまよりもさらに画然となり、その間を縦横に広々とした道路が貫通している。地下鉄は高架となって、市内から市外各所にのびている。千里山の団地はすでに完成して日本一の規模を誇…

岸里、天神ノ森2

南大阪と天王寺を結ぶ上町線と恵美須町を結ぶ阪堺線はちょうど阪神間がそうであるようにそれぞれが異なる階層の人びとが住む地域を結んでいる。『めし』の主人公である三千代が使っている天神ノ森の駅は、より貧しい地域を通っており、高級住宅地である彼女…

岸里〜天神ノ森

林芙美子の『めし』は小説というよりもむしろの映画のほうが有名かもしれない。未完ということもあるが、小説としてはそれほど面白いものでもないからだ。あらすじだけを言うと身も蓋もない。つてを頼りに仕事を求め東京から大阪にやってきた(というよりも…

天下茶屋2

南海の天下茶屋と阪堺線の北天下茶屋のあいだの商店街は、三つの部分に分かれている。南海側のもっとも天井が高くタイル舗装され、いかにも支援事業で整備しましたという風情の比較的「近代的」な部分。そしてその奥には、言葉の上では同じようなアーケード…

すい

すいなよう。とよく祖母はそう言っていた。祖母ほどではないが、母や叔母からもときおりこの言葉が聞かれるときがあった。あったというのは、いまはもうほとんどこの言葉を耳にすることはないからだ。富岡多恵子が西鶴について書いた『西鶴の感情』のなかで…

天下茶屋

聖天山に続く曲がりくねった道の反対側には北天下茶屋の駅から、南海の天下茶屋駅まで続く薄暗いアーケード街がある。この路面電車の駅を下りてすぐは、壁を手で押すとそのまま崩れてしまいそうな店舗が連なっている。この10年のあいだにも、営業をやめた店…

帝塚山

この天下茶屋から東に坂道を登っていくと、住宅街が広がっている。戦前の東京周辺の宅地開発が同時に文教地区の形成を目指していたように、松虫から帝塚山にかけてもかつては大学を含め、とくに私学が多く存在していた。ぼくがはじめて働いた公立の学校もも…

阪堺線

しばらく続けていた仕事がすこし落ち着いたので、電車に乗って天下茶屋で下りる。夏休みになれば手術を受けねばならないから、しばらくはこうやって歩くこともできないという理由もある。廃校になった前の職場に勤めていたとき、今時は珍しくなった路面電車…

アリンスキー・ノート7(最後)

アメリカの子供たち ウエルズリーの四年目は、わたしの信念を試し、明確にするものとなった。卒論では、シカゴ出身で地域活動家のソール・アリンスキーの著書を分析した。彼とはその前の年に会っていたが、長いキャリアを通して、きまって相手を怒らせるとい…

アリンスキー・ノート6

郊外の行方 田園と農園の入り口近くに工場と作業場を設置し、そこで働くことにしよう。むろん大規模なものではあってはならない。そうした大工場では大規模な機械設備が必要になろうが、それは自然条件によって決定される特定の地域に置かれるべきであろう。…

アリンスキー・ノート5

ラディカルよ目覚めよ わたしたちの近代的都市文明のなかで、ひとびとは、アノミーにうちひしがれています ―― それは自分の隣にだれが住んでいるのかも知らず、関心すらもっていないという生活のスタイルです。人びとはコミュニティからも、そのネーションか…

アリンスキー・ノート4

*** 細かい話は中略。 ***社会学と社会運動 バック・オブ・ザ・ヤードはかつて悪名高いスラムであった。偉大なジャーナリストであり、改革のための活動家でもあったアプトン・シンクレアがこの都市の底辺生活と人の使い捨てを『ジャングル』のなかで描…

アリンスキー・ノート3

ジャーナリズムと社会学 最初はドイツ人一家だった。四家族はどれも国籍が違っていた――ストックヤードに入れ替わり立ち替わり現れたいくつかの人種を代表する者たちだった。マヤウシュキエーネが息子とふたりでアメリカに渡ってきた当時、彼女の知っているか…

アリンスキーノート2

膨張する都市 世界中の豚肉はこの屠殺屋が手を下した 機械を組み立て、小麦を積み上げ 鉄道を乗り継いで、国中の貨物を引き寄せる 嵐のように、荒々しくも騒々しい 肩をそびやかすこの町カール・サンドバーグ『シカゴ詩集』1918 近代の、とりわけ工業都市の…

アリンスキー・ノート下書き1

バラク・オバマの困難 ……黒人コミュニティの組織化はまだ途方もない困難に直面している。多くのコミュニティでは自信が失われ、しかもそれには理由があるということがひとつ。シカゴは地域の組織化(コミュニティ・オーガナイジング)の発祥の地であり、かつ…

お米の話

ふだん、お米は近くの米屋に買いに行っている。幹線道路に面しているために、前にちょっとした駐車場になるスペースを作っている。売っている米の袋には、その店の名前が印刷してある。店に行くとときどき自分で玄米を持ち込んで、店にある機会で精米してい…

いかにも

団地の台所に張ってありそうな、たしか黄緑色の化学素材のシートが貼られた床の上に、精も根も尽き果てたといった体の下バーバがぺたりと座り込んでいる。引越を明日に控え、きっと無理をしているだろうから様子を見に行こうかと、階下の部屋のドアを開ける…

下バーバ

に出した手紙が戻ってきてしばらくになる。下バーバはおそらく東京の生まれで、大阪で商売をしていた男性と結婚した。会ったときには92であったか3であったか、いずれにせよ70年以上はもう大阪に住んでいたはずだが、しゃっきりとした東京弁を話し、SOPにた…

気になったこと

国会議員への二世候補の選挙区制限の話で、「職業選択の自由」に反するとかどうかという議論をときどき見るのですが。 あれはいわゆる「職業」なのでしょうか。頭の中が古いせいもあって、どうも国会議員を職業とする発想がなじみません。まあ職業なのであっ…

備忘

自由についての二三のことがら a. 何らかの自由 1. 私的な領域におけるそれとして考えるのか(享受) 2. 公的な領域におけるそれとして考えるのか(表現)b. 何かが表明されるさい、表明されるものとして 1. 思想信条なのか 2. 芸術表現なのか そのほかに何…

関西

のひとが、なんとなく体で感じている、地域的なイメージ こういう感じなので、大阪府というのは、たいへんに人為的というのも変な言い方だけれど、南北に無理をして開発している*1。 昨日の話が正しければ、だけど、自然な人の移動は、これは東京(都)が東…

しかし

幸いなことに、新型インフルエンザはヤマト川をなかなか越えない。じつはとっくに越えているのかもしれないけれど、できればこのまま越えないで欲しい。そんなことありえないけど。しかし関西の人の流動は南北よりも東西の方がやはり大きいのだということは…

紀州にて

SOP五歳になる。子供用の恐竜の百科事典、それとトミカの病院も買ってもらった。ボキャブラリーが百科事典をベースに増えていっているので、「〜をはるかに超える」といったような言い回しが頻出することに。幼稚園でそういう話をしても、同世代の男子は「ウ…

ちかくの

焼き肉屋にSOPとふたりで夕食を食いに行く。テーブルに座るとSOPは最初に出されるキャベツをいつものように子供用の焼き肉のたれに、もう「べったり」とつけて食べ始める。余り感心したことではないが、まあ外で食うときぐらいはと、大目に見ている。そうい…

まあ大阪に

文化施設などいらないのではないか、という皮肉というか、皮肉でも何でもなくたんなる現実なのだが、まあそんなことを書いたわけだが、たまたま立ち読みしていてなかなか面白かったので思わず買って読んでしまったのは 『大航海』のno.68 「美術館 その絶頂…

ええと

児童文学館はずいぶんむかし(ハシモト以前)からいらない、いらないとはみごにされていたもので、そういう意味ではいよいよかなあという感じであった。はみごにされていたわりに、今まで残っていたのは、関係者ががんばったからというのもあろうし、そのむ…

2月が

終わってしまった。 二年続けての研究室の引っ越しもようやく終わったので、一瞬だけ開放感に浸ったもののしかし冷静に考えてみると失った時間は大きい。もっともこの時期は一年中で最も慌ただしい時期ではあるので、引っ越しがなかったところでどれほどのこ…