補遺

わが大阪の明日は、工業地域、準工業地域住居地域、商業地域と、区分けはいまよりもさらに画然となり、その間を縦横に広々とした道路が貫通している。地下鉄は高架となって、市内から市外各所にのびている。千里山の団地はすでに完成して日本一の規模を誇っている。海は埋め立てられ広大な工業団地となり、大鉄鋼コンビナートをはじめ、かつては空想科学小説の世界しかなかったような重化学工業センターがそこに現出している。市内の数カ所に大公園があり、大阪城森林公園がその名のとおり実現されていることはいうまでもない。京阪神の三都は完全につなかって一つの帯状都市となり、遠くに明石海峡の夢の架け橋が見える。

これは「めし」が書かれてからおよそ10年後、市内のデパートで行なわれた「明日の近畿と大阪展」と題されたイベントで、そこに展示された未来の大阪の姿である。「商売人の町だといわれてきた大阪のその大阪らしさとはちがった、それよりも一まわりも二まわりも大きい、解放された大阪がそこにあるような気がして、わが大阪もなかなかやるわいと思ったのである。」そのように書く小野十三郎は、たとえば織田作が描いたような観光地としての大阪、あるいはまた書き割りめいた「どこんじょ」や「どしょうぼね」の大阪に冷や水を浴びせかける大阪生まれの商人の息子でもある

作者(注:織田作之助)は、どんな事態にも適応してゆける大阪人の伝統的(?)な粘り強さに根っからほれこんでいるようであるが、そんなものが作者の言う大阪の市井という魂の故郷の再発見になるかどうか私は疑問に思う。

たしかに織田作の曾根崎は過去に寄りかかることはあっても、未来を生み出すことはできなかったと今となっては言わざるをえない。あるいはまたがめつさ、抜け目のなさといったカギ括弧つきの「大阪」的特徴にたいしても

・・・現代の商売や事業はそんななまやさしいものではない。したがって、じっさいに根性をもって仕事をしている者にとっては、そんな言葉は禁句であるはずで、看板にもなんにもなるものではない。バカでないかぎり、そんな前近代的な気質で商売したり事業を起こしている者は大阪には一人もいないだろう

という冷ややかな視線を崩さない。
そうだからこそ小野十三郎文楽を拒否し、浄瑠璃を拒否する「とにかく、道楽にせよ、学問考証にせよ、大阪の諸人士が自分の経験にものいわせて語る大阪文化のその文化の内容には、文化の名において、われわれが継承するに値するものは、その人たちが考えているほどはたくさんない。」小野がこのように書くとき、彼の念頭にあったのは江戸期の文芸だけではない。小野の否定はいっそう深いところを穿つ。その否定は、「大阪」を利用し、スポイルするあらゆる紋切り型に向かう。彼がここで拒絶しようとしているのは、四十代のとき、焼け跡のなかでなんとか食いつなぎながら、徘徊した焼け跡の思い出である。時が過ぎ、ふと気がつくといつのまにか思い出として美化されてしまった闇市の風景にたいしてさえも、結局は「老人どうしの一種のなれ合い」にすぎず、そこには「次代の人間に役立つような人生的な意味あい」などはいっさい存在しないのだと書く。彼は過去を切り捨て顧みない。
だからこそ彼は重化学工業の大阪を選ぶ。この大阪は現在であるからだ。小野にとって記憶は現在である。当時まだ残骸としての残っていたアジア最大の兵器工場、旧砲兵工廠を残骸のまま残すべきであると彼がいうのは、それが「遠い歴史や伝統にかかわるものでなく、ついきのうそこにあった」ものだからであり、もしその提案が実現していたら、やはり当時そう提案されていた大阪城「森林」公園のなかに「巨大な鉄骨の林」がそびえることになっていたはずである。巨大なこの鉄骨の林はそこで鉄を食ってその身を変容させていた「アパッチ族」とともに現在のわれわれの記憶の一部であったかもしれない。そのような現在もまだこのときは可能性として存在していた。

日本アパッチ族 (光文社文庫)

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日本三文オペラ (新潮文庫)

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夜を賭けて (幻冬舎文庫)

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だがぼくらが手にすることになったのは、花と緑の博覧会であり、大阪城公園で観光客を案内するのは、仮装したボランティアたちである。

カール・サンドバーグのシカゴに半世紀後の大阪の姿を見た小野十三郎は同時に不安の影をも読み取っている。