関西

のひとが、なんとなく体で感じている、地域的なイメージ

こういう感じなので、大阪府というのは、たいへんに人為的というのも変な言い方だけれど、南北に無理をして開発している*1
昨日の話が正しければ、だけど、自然な人の移動は、これは東京(都)が東西に延びているような感じで東西に延びている。
だからじつは市と府の合併というのは、あんまし筋の良い話ではないのかもしれない。つまり昨今は、もう開発はやめです、というのがトレンドだろうから、南北で再分配の単位をつくって、そこで再分配します、というのでなければ、それが財政的にも自立しているという根拠がよく分からなくなってくる。むしろそれは国のレベルでやればいいのならば、たしかに府や県というのは国の出先(つまり東京の出先*2)の機関であるとはいえ、その外延がなぜこの形なのがいまひとつ釈然としない。(開発はいろいろやってみたが、南の方は大和川と長尾街道を越えたあたり、旧の河内(+アルファ)あたりが限界であったともいえなくもない。)
あるいはネオリベ風(?!)に考えるなら、それよりは、市町村が母体となって、東西に関西を横断する行政区画をつくるほうが、政治的にも経済的にもまとまりがよい。ソーシャルにはどうかしらんけど。ステークホルダーとかいいだすとなおさらそう。京都(市)がここにはいるかどうかがわりと微妙なところなのだけれど。
じっさい空港も神戸に国際空港ができたし、むしろそのほうがいいのかもしれない。自由主義者風に考えるとそうなる。これがまあ関西北部同盟*3
ちなみにぼくはこの図のもっと下の方で、ツチグモからきたということになっている。そのせいで北部同盟にはなかなか入れてもらえない。ぴかぴかな豊中に住んでいるナカムラくんと会って話をすると、むこうはイケンメンで関西風にうとシューッとしてるし、あんまりみすぼらしいので、ついつい恥じらって三歩下がってしまう。

しかしまじめな話をすると、関西の人は、もう少しこのあたりは意識的に考えたほうがいいような気もする。どうも都市(圏)開発というのは、アメリカを見ても、ヨーロッパならなおさらのこと、経済の論理だけはなかなか決まらないところがあって、政治が入ってこざるをえないからだ。北部同盟とか冗談では言ったけれど、こんご大阪都市圏がこれまでのようにスプロール型(つまり戸建て持ち家型)でいくのか、インナーシティを再開発してゆくのか(集合住宅中心だろうな、あるいは賃貸になるかもしれんし)、両方やるのもなくはないから、矛盾するとまではいわないけれど、しかし都市の姿については、漠然とした了解事項ぐらいはあったほうがいいような気もするなあ。
ある意味人口(世帯)がこのまま減り続ければ話は早いけれど、まあそんなはずもないので、高度成長時代ならいざ知らず。市民が了解しておくものとしての、政治ってまあそういうレベルのことでいいような気もするし。
そういえば大阪市とか神戸市が、京都市も入っていたんだっけか、何か提案していたんだっけか。
まあ「都市」を考えるときには、どういう境界線で考えるかは、大事なことだねえ*4
少なくともこれまでは南北にも、伸ばそうとしてきたわけだ。「われわれ」の政治的な意志としてね。空港に限らず。まあこれからどうするのか、ってことで、それを考える「われわれ」は誰なんだろうね。どういう線の引き方が正しいんだろうね。

それとも考え直すべきは開発を通じた再分配なんだろうか。ひとびとのひとつの直感はこういう方向であるようにも見える。そうだとすると、相当に厄介だという気もする。実際の行動は矛盾しているとしても。

*1:昔は千里と金岡で御堂筋線の両端。そのあと泉北に伸びた(南海と府の三セク)。いまも北は箕面のあたりと南が関空のあたり。北は、阪急とモノレール(府の三セク。うっぱらうらしいが、メディアはほぼムシ。)と南はJRと南海でつないでいる。北には外大(阪大に合併)南には府大の獣医。北も南もバイオの拠点にもなるはずだったらしい。バイオの拠点だらけであるが、工学部がそうなったように日本中にバイオ関係の研究拠点ができるかどうかはよくわからん。

*2:まあそういうわけで、地方の知事は、ふつうは東京から天下ってくる。むかしは役人で、いまはタレントで、ブレーンは現役官僚からex官僚(ふつうは有名無名私大にいる)だけれど、いずれにせよ、とりあえず東京とつながっているというのが大事だとおもってるんだけど間違ってる?

*3:そういう意味では北部同盟を追い出されたリベのひとが再分配の単位を拠点にしているのが、ボタンの掛け違いのもとになっているような気もする。間違ってる?

*4:そう考えるとしかし新聞を中心としたメディアは、どうしてもちがう文脈(たぶんじぶんを含めた利害当事者にとって東京で意味のある文脈?)で考えてしまうのか、「ついつい」あっちのほうを向いてボールを投げてしまう傾向があるように思う。わざとでなければ。