les anormaux は、

なんか着実に前に進み、たしかに英訳は仏文と照らし合わせてゆくと、若干訳のおかしいところもあるのだが、それでもやたらと難解なところが、内容の問題ではなく日本語の構文というか構造の問題であるようなケースが多いというようなこともじょじょに分かりつつあるようで(だからといって英語だけで読めるわけはないのだが)、えーと若いってすばらしいなあとつくづく思う。内容が分かってきたから一回の授業で半分ずつ進むのではなく、一回分の講義進みましょうという前向きな意見が出るなど、まあやっぱハングリーなのはよいことだと思った。
それにしても何回か詳しく解説さえしてやれば、じょじょに自力でフーコーの議論は分かるようになってきている(講義であれば)。昨日などはのちのちanatomico-politiqueとbio-politiqueというふたつの独立した概念というふうにまとめられる部分について、まだles anormauxの講義の中では未分化というか整理されていないところがあるのだが、その辺について腑に落ちないなどという質問があったわけで、つまりは正しくわからないのであるから、ある意味ちゃんと読めてきているようにも思う。なんというか親ばかのようなことを書いてすまないが、えーと趣旨としては、やはりあの講義集は非常に教育上よろしいですよ。ということなのだった。内容が、というよりは、形式がということで。
>同業者のかた。

それとやっぱり学生は馬鹿にされすぎてますね。いや、わかりやすく、わかりやすくという方向に必ずしもいかなくてもいいということですよ。条件さえ整えば。いやその条件が大変なのはそうなのですが(まあフランスから帰ってきてから数えても3年がかりだったわけだし)、べつにそこは構造を変える必要はなくて、カタログにあることをまじめにやればいい、と思うのだった。