ちくし

ふたつぐらい下の欄で、ちくしてつやのことを間違えてちくしてつしと書いてしまったのだが、じつは、下の名前がなんなのかは、まだいまいち自信がない。しかし検索するのも面倒なのでそのまま放ってあって、今日も採点しながらどっちだろうとぼんやりかつ曖昧に考えていたところ、もし「てつや」だとすると、武田鉄矢と下の名前が同じになってしまってそれはなんか変だよなあとつい思ってしまった。これは権威主義かもしれない。猛省しなければならない。彼の後釜については、所ジョージぐらいがいいという意見は変わらないが。
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ただよく考えると難点もあって、ナンシー関がかつてあの番組だったかニュース番組全般ににたいしてだったか、銀座のキャバレーっぽいという意味の苦言を呈していたが、その伝統を尊重するとするなら、所ジョージだとキャバレーの客には見えにくいかもしれない。(意外とうまくはまるような気もするが。)そのへん違和感がないのは関口宏だろうが、教授の抜けたあとに教授をもってくるような人事だし、それはちょっとまずい(同じ理由でタモリもだめ)。鳥越しゅんたろうはちょっとキャバレー色が強くなりすぎて、リタイア感に欠ける。ある程度若い人材でキャバレー感とリタイア感を両立させるのはほんとうに難しい。そう考えるとフジテレビのはずし方はひとつの参考になるかもしれない。あの方向を過激に追求して、もう一切しゃべらせずに座っているだけというふうに割り切ってしまうともう少し彼を引っ張ることができるのではないか。ニュースをみているとなぜかいつも後ろの方に彼が座っているのが見えるというこの絵柄は案外誰にも許容可能なものかもしれない。もちろんその前景にはニュースを伝える若い女性が原稿をもってうろうろしておかねばならない。どうだろうか。>Dさん。