ねずみ王国の最後(つづき)

id:yeuxqui:20040823から続く
アライさんの研究室の扉をあけるまえから、大量の水が部屋のなかにたまっていることは想像がついていたが、部屋の電気がともると、部屋の奥、排水パイプのある角から、水が滝のように、というか滝そのままに大量に流れ落ちているのが見えた。えっ?というかんじでちょっと固まったあと、ざぶざぶと音を立てながら部屋のなかに入り、上を見上げると、天井のタイルがすっぽりと抜け落ち、配水管が完全に割れている。割れているというか、要するに天井に穴があいている状態なのだ。天井に穴があいてそこから水が流れ落ちている。下を見ると、ばりんと割れた天井タイルの破片が散乱しており、横にあった安物の本棚が、水かタイルか、どちらかは知らないが直撃を受け、壊れてしまっている。
どうやら部屋の真ん中がいちばん低い場所らしく、水はそこが一番たまっている。水はくるぶし近くまで来ており、スリッパを履いていたぼくの足は水浸しになってしまっている。この部屋は意外にたいらではないのだな。そんなことを思いながらも、守衛のおじさんと顔を見合わせて、どうしたものかと考えるけれど、どうしたも何もどうしようもない。どうしようもないが、とりあえず上がどうなっているのか見ないと、これまたどうしようもない。なかったことにするわけにはいかないし。けどおじさんは、これはどーしよーもないねえ、明日までほおっておくしかないねえ、とか無責任きわまりないことをいう。水がじゃばじゃば廊下にまで溢れ出しており、一晩放っておいて何もないとは思えない。このひとは普段はやたらと四角四面なことをいうのに、こういうときに限って鷹揚だ。
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ふと気がつくと冷蔵庫があって、コンセントがつながっている。こりゃ抜かないといけない。ちょうど水が流れ落ちている真下にもコンセント。何本かの延長コードでつながっており、接続部分は完全に水没。あわててコンセントを抜く。モーターが動かなくてよかったよ。なんで学校で命がけになってるんだよ。
守衛のおじさんに鍵はあるかというととりに行かないといけないという。懐中電灯も持ってきてもらわないと。その間にアライさんに電話しよう。アライさんは留守だ。お盆だから帰省しているのかもしれない。何人か携帯の番号を知ってそうな人にも電話したがだめだった。南無南無。
しかしとりあえず何か処理はしておかないといけない。しばらくすると教務のYくんがやってきた。たまたま残っていたらしい。屋上に上るともちろん大雨だし、雷が鳴り響いている。おそるおそる何のために張ってあるのかわからない鉄線につまづきながら問題の場所に近づくと、すでに水がプールのようにたまっており、かつ地面、というか屋上の床部分は、ウレタンマットのようにふかふかになっている。それどころか、問題箇所は、その上に載るとあからさまに沈む。あわてて飛び退いて、ふと周囲を見渡すと、雷が鳴っているのに、屋上だから当たり前だが、ぼくらが一番高い場所にいる。這々の体で退散して、三階に戻って各自対応を練る。おじさんは早く帰りたいが命令もしたいので、変なことばっかり言ってる。とりあえず連絡しましょうということでYくんに事務方の管理職に電話をしてもらう。しばしのんきなやり取りをしたあとに、担当の工務店の電話番号を教えてもらい、連絡を取ってくれた。
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とりあえずしかしどうしよう。天井の割れ目の真下にある本棚はどうしようもない状態になっている。なってはいるがあんまりかわいそうだし、少し助け出してやろうとおもって、本を引き抜こうとするのだが、水をすって抜こうにも抜けない。でも『映画術?ヒッチコックトリュフォー 』は助けてやった方がいいよな。あとなんでかしらないけど何冊もあるハマショーの本も(ああバラシチャッテ、ゴメンナサイ。Aさん。)。こういうのって多分手に入れにくいよな。映画のパンフレットは、もうだめだなこりゃ。
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工務店の人がやってくる。屋上に案内するが、なぜかまた鍵がかかっている。おい!おっさん!どうして鍵かかけんだよ!四角四面と鷹揚さと発揮するところ、まったく間違ってるよ!Yくんまた正門の守衛室まで走ることに。
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工務店の人は一目見るなり、あっこれは無理だと言って、応援を電話で呼んでいる。最終的には僕らをのぞいて、合計6〜7人になっただろうか、まずドレーンとやらで、たまった水をくみ出したあと、そのうえで応急処置をして破れた部分から水が漏れないようにしてくれたみたいだ。あと雨水を別のところに誘導するのと、つまった排水パイプから少しでも水が流れるようにとりあえずの処置をしてもらう。
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ここから全員で、3階部分にたまった水を汲み取り外に捨てるために、ちりとりとぞうきんとバケツで大変な作業をすることになる。
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ビルの天井には水がたまるから普通排水管というものがついているのだが、それは建物の内側を通っている。あとでわかったことは、どうやらその配水管の放水口になってる部分が詰まってしまっていたらしく、水が排水管に、一階から三階部分までぎっしりとたまった上に、さらにそれでも排水されず、雨が天井にプールよろしくたまり、しかも屋上の床部分はもう防水機能はすっかり失われているので、コンクリの床部分が水を吸うだけ吸って、ふかふかベッド状態になったらしい。そのため重みに耐えかね、ついに排水管のつなぎ目部分が、ばきっと破れてしまった。破れれば、とうぜんそれまで詰まっていた排水管の代わりに水は格好の逃げ場を見つける。屋上にたまった水は一気にアライさんの研究室に流れ込んだというわけだ。大学だから屋上の床面積は結構広く、しかもぼくもこの目で確認したがほかにもあちこち排水管はつまっており、ふった雨は一番低い場所、つまり破れ目の場所めがけて流れ込み、あれだけじゃかじゃか水を排出しても、まだプールよろしく水がたまる状態になっていた。
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3階のほかの研究室(複数)も、廊下から侵入した雨水で大変なことになっていた。普段は知らないほかの人の研究室を見れたのはまあおもしろかったといえばおもしろかったけれど、しかし、果てしない作業だったよ。鉄筋の建物の3階で、床上浸水って、ありえない経験だよなあ。
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しかし教訓としては、床上浸水時には、たとえば新聞紙で水を吸いあげて捨てようとしてはいけない。たいして水は吸収できないし、そのうえ捨てるにも重くってしょうがない。それよりはまずチリトリで、水をバケツかなんかにくみ上げ、チリトリでとれなくなったらぞうきんで吸い上げてしぼってから外に捨てるのが一番早い。一見迂遠な作業に思えるけど、これが一番効率的で早い。ってまあそんなに何度もある経験じゃないけど。
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一階と三階をなんども往復し、ぼくもYくんもへとへとになった。11時ぐらいにぼくは勘弁してもらって家に帰ることにした。帰り際に大学の担当者が奥さんの車に乗って奈良からやってきた。すこしアルコールが入っていたので運転できなかったらしい。まあほとんどすべては終わっていたけれど。Yくんは後処理もあるのでもう1時間ぐらい残ってたようだ。おつかれさん。残業手当と危険業務手当ついただろうか。
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