勉強屋

ものを覚えるのが苦手だ。どうもすごく癖のある記憶の仕方をしているみたいで、その癖にうまくはまらないものは、あっという間に忘れてしまう。同僚や友人の名前も時々忘れてしまう。子供の頃からそうで、小学校ではすごく苦労した。田舎では専門業者としての塾というものがまだなくて、ほかの仕事のあいまに子供を預かって勉強させると称し、市販の問題集だけわたし、一室に押し込んでおくという商売があって、「勉強屋」と称していた。どの子も、だいたい「勉強屋」、「そろばん屋」「習字屋」のどれかにいくことになっていた。習字屋が月謝500円で一番安くて、勉強屋が一番高くて1000〜2000の間。そろばんやも同じくらいだったはずだ。
習字屋は首になり、そろばん屋からはすぐ脱走したので、勉強屋に押し込められることになった。行っていた勉強屋は、駅前旅館を本業にしていた。
書き取りと計算問題の問題集を渡されて夕方の1、2時間なかば監禁されるんだが、べつに監視されているわけではないから、ただ友達と遊んでいるだけだ。時間も半ばを過ぎると、そのうちうるせえ!と怒鳴られて、そろそろ日も暮れてくるからやにわに問題集を解きはじめる。解いたら旅館の番台にいるおっちゃんのところに持ってゆくと、正解と照らし合わせて採点して、解けてれば返してくれるし、解けてなければやり直しだ。
正確な計算も、書き取りも苦手だったから、いつまでも終わらず、そのうち友達はみな帰ってしまう。日も暮れるし、正解できないし、悲しくなってよく泣きながら問題を解いていた。